お盆はYoutubeなんかを見ていた。
その中で、「シン・関ヶ原」という歴史物の書籍に関して
作者と歴史学者が対談というか、一方的に歴史学者が攻めているんだけど、
これがなかなか面白かった。
作者側は出版社の過激な触れ込み(でないと本が売れない)については
出版社のせいであるとはいえ、分が悪い感じを受けた。
歴史学者側は、出典(一次資料か二次資料か、とその裏付け)に関して
論理的に鋭い突込みを行う。
作者側は突込みに関してなかなかきれいに反論できていない。
それも含めて歴史の背景や最新の研究情報も結構面白かった。
関が原に関しては、以下の3点を主に取り上げている
1.小早川秀秋が東軍に寝返ったのはいつなのか(合戦前か合戦当日か)
2.吉川広家が動かなかったことの背景事情
3.総大将・毛利輝元の立場(西軍の首謀者なのか)
この3点はすべて毛利家の連中である。
一応、歴史的事実としては、
西軍の首謀者は、石田三成が中心人物である。
総大将・毛利輝元は大坂城で動かず。
小早川秀秋(毛利輝元の従弟)が東軍として戦ったことで西軍が崩れた。
吉川広家(毛利輝元の従弟)は徳川方と事前に不参戦の約束で動かず、
安国寺恵瓊(毛利輝元の家臣で西軍の首謀者の1人?)は、
吉川広家の後ろで布陣したが、
吉川広家が動かなかったために活躍できずに捕えられて石田三成と処刑。
結局、全部毛利家軍団が西軍として戦わなかったことが西軍の敗因である。
毛利元就-毛利隆元-毛利輝元
-吉川元春-吉川広家
-小早川隆景-小早川秀秋(養子、秀吉の妻・北政所の甥)
毛利元就の孫がいろいろやってくれたわけですな。
それから二百数十年後、幕府を倒し明治維新となるわけだが。
もし毛利家軍団が西軍として全力で東軍と戦ったら東軍は負けていたであろう、
もしくは短時間で勝負はつかず、ずるずると消耗戦になっていたかも?
それを阻止するために東軍は事前に西軍を切り崩していたのは間違いない。
小早川秀秋が東軍に寝返ったのは当日ではなくその前だと思う。
(これはおいら個人の感想)
歴史ものは結構好きなのよ。
くだらない動画よりは、よほど面白い。
Youtubeは、前編(関ヶ原の前)と後編(関ヶ原の戦い)がある。
以上のように前提知識があるとこれらの動画の面白さがよくわかる。

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