本屋に行かなくなった

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もう何年も本屋に行っていない。
20年前はよく行っていた。
「月間天文」誌が休刊という名の廃刊になったころだったか。
10年前はほとんど行かなくなっていたと思う。

なぜ行かなくなったのか、行く必要がなくなったから。
本屋で買わなくてもパソコンやスマホで買える。
置き場所に困らないし、自宅でなくても読める。

なので全国的に本屋が減少しており、田舎ほど影響が大きい。
これは時代の流れであり、どうしようもない。
地元の人は本屋を守れというが、採算が合わないのは守れるわけがない。
本屋がないのはないものとして考えるしかない。

地方の鉄道で廃線になるとその時だけ大勢の人が集まる。
大部分は鉄道マニアで地元の人も多少はいるかな。
残念だと惜しむ声ばかり取り上げるが、
実態は利用者が少なく採算が取れないから廃線にするのだ。
残念だと嘆くだけなら誰でもできるが、
廃線にならぬように地元の人は何か努力をしたのか?
何もせずに嘆くだけの人々はただのガヤでしかない。

レンタルビデオ(あまり使わなかったが)も借りる必要がなくなっていた。
レコード屋やCD屋も本屋以上になくなっている。
これも今の時代ではネットで買うなり見るものだからだ。
レンタルビデオ屋がどんどん少なくなっても、なぜかニュースにはならない。
レンタルビデオ屋と本屋はどう違うのか?
片や低俗な業種で、片や文化教養的に高いとでもいうのか?

本屋がなくなっても、出版社は電子書籍で生き延びることはできる。
取次は電子書籍の流通網にシフトすれば生き残るかもしれない。
本屋だけは苦しいままで生き残るのは難しい面はある。
これも時代の流れで書店は消滅していくだけだ。
冷たいようだが、消滅するなら消滅するしかないだろう。

今の時代は教科書でさえ、電子書籍化しつつある。
そうすると重い教科書をランドセルや鞄に入れる必要もなくなる。
結構なことではないか。

ただし、しっぺ返しはある。
電子書籍よりも紙の教科書を読む方が記憶に残りやすい。
電子書籍は読んだ気にはなるが、すぐに頭から消え去る。
過去の歴史は書物などで記録されてきたからこその文化的価値がある。
そういったものは未来にどう残すかというのは考える必要はあるだろうな。

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このページは、ピカチュウが2026年8月 4日 08:00に書いたブログ記事です。

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